糖尿病について
肥満の若年患者と高齢患者に二極化する糖尿病
現代の糖尿病診療について
最近の2型糖尿病患者さんは、(1)若年で肥満の方、(2)糖尿病はそれほど重症化していない高齢の患者さんに二極化しています。
(1)若年で肥満の方について
多忙な現役世代のため食生活をはじめとする生活習慣が安定しておらず、肥満など動脈硬化のリスクファクターを抱えているため、将来に向けて糖尿病合併症を予防しなければなりません。なお、最近では脳梗塞や心筋梗塞の既往のある方が増えており、このような患者さんは糖尿病予備軍の段階から高インスリン血症やインスリン抵抗性が生じているため、動脈硬化が進行したハイリスクの状態で初診を迎えています
(2)糖尿病はそれほど重症化していない高齢の患者さん
糖尿病合併症はもちろんですが、サルコペニアやフレイル、認知症といった高齢者に特有のリクスをケアし、それらの予防を図ることが重要です。
将来の身体の状態をイメージすることで治療に向かう患者さんの意欲は変わる
若い肥満の患者さんにはどのようなアプローチが必要か
20~50代の肥満の2型糖尿病患者さんは特定健診などで指摘されて受診するケースが非常に多いのですが、仕事で多忙のため入院・検査を勧めても、なかなか承諾していただけません。
生活習慣が糖尿病を悪化させるようなマイナス方向に働いていては、いくら治療薬を処方しても十分な効果は得られず改善は期待できません。ですので、まずは生活の流れを変化させるようなアドバイスが必要だと考えています。その際のポイントとして、血糖値の数値よりも先々の事を示すほうが患者さんの理解が得られ、治療に対してより意欲的になっていただけると思います。生活習慣の改善は難しいものですが、糖尿病の正しい知識があるかないかによって将来は随分と変わる可能性があること、そして糖尿病では「見えない血管を守る」ことが重要だとお伝えします。「10年後のご自身の脳や心臓、眼の血管の状態をイメージする必要があります。お子さんは今おいくつですか?」など、患者さんのバックグラウンドを考慮して心を動かすようなコミュニケーションを心がけています。
実際にどのようにして治療を進めていくのか
若年の肥満患者さんは、特に血糖値と体重の両方を管理する必要があります。インスリン分泌能がうまく機能していませんので、治療としては糖毒性を解除するためにまずはインスリンを数週間処方します。患者さんはインスリンを容易に受け入れない傾向がどうしてもありますが、「一生インスリンを打つ必要はありません。数週間だけ外食やアルコールを止めて治療を頑張りましょう」と前向きな言葉を投げかけインスリンを導入しインスリン分泌能を回復させてから、経口血糖降下薬による治療へと進めます。
体重管理については、最近は体重へのアプローチが期待できる薬剤が数種類ありますので、それらを上手に使いながら自己管理能力も発揮するよう促します。
GLP-1受容体作動薬は食事を摂った時だけインスリン分泌を促進すると同時にグルカゴン分泌を抑制するので、食後の血糖値の上昇を抑制し、血糖変動幅も改善させます。
さらに、胃内容排出遅延作用もありますが、その効果は週1回の注射でも胃カメラ検査をすると前日の食事が胃の中に残っていて検査ができないという程で、これによって食べすぎもある程度抑えられます。体重減少も期待できるSGLT2阻害薬を併用するとさらなる減量が可能になる場合もありますので、血糖値の改善だけでなく減量に成功することで、患者さんの治療に対するモチベーションが上がってくることを経験します。血糖値のみでの取り組みですが、モチベーションの向上を期待して、各患者さんの番号と各自のHbA1cを一覧で院内に掲示しております。自分のコントロール状態を相対的に知ることは刺激になるようで、熱心にみておられる患者さんもいらっしゃいます。
生活習慣の改善を重要視しているが、具体的にどのようにアプローチしていくのか
特に食習慣の改善が重要であると考えています。せっかく効果が期待できる薬剤を組み合わせて処方していても、食事が不規則で食習慣が整っていなければ薬剤本来の効果を引き出すことができません。近年、糖質制限食が流行っていますが、糖尿病治療薬を使用している患者さんにそのまま当てはめてしまうと、睡眠時に低血糖を起こしてしまうといった危険性がありますので注意が必要です。糖質はエネルギーの即戦力であり、食事はあくまでもバランスが重要なのです。
実際に患者さんを診療していて実感することですが、食事に関しては、食事の内容はもちろんのこと、いつ食べているかも重要なポイントです。仕事をリタイヤした方が1日3回の食事を一定の時間に食べられるようになったことで、血糖値が安定して薬剤が良く効くようになり、糖尿病が改善したというケースを多く経験します。
若年の患者さんであれば「食事の合間に仕事をするなら治療はうまくいくけれど、仕事の合間に食事をしているなら治療はなかなかうまく行かないですよ。どうしても早食いになってしまうし、栄養バランスも悪くなりがちです。ましてや遅い時間の夕食は、最も内臓脂肪を増やしてしまう食べ方です」と強調してお伝えします。ですが、締め付けばかりではドロップアウトしてしまう危険性もありますので、「焼き肉を食べたり外食で食べ過ぎたりするのもたまにはあるでしょう」と共感を示した上で、「翌日の1日で帳消しにしようと思って無理をすると低血糖を招いて危ない事態にもなりかねません。4~5日かけて元に戻すようにしましょう」と、モチベーションを維持させることも必要です。
なお、地域の特性上、リンゴや柿といった果物をご近所から箱単位でお裾分けされる機会が多く、1日2~3個食べることも珍しくありません。干し柿も同様で、果糖の過多摂取には注意を促して、適量が大事であることをお伝えしています。
高齢の患者さんには低血糖リスクを念頭に置いた治療を
高齢の患者さんの治療について
高齢の2型糖尿病患者さんの場合、口から食事を摂れることが大前提です。経口での食事が困難であれば経口薬を処方することもできません。
『高齢者糖尿病ガイドライン2017』が発表され、高齢の患者さんでは必ずしも血糖値を厳格に管理する必要はなく、むしろそうすることによって危険な低血糖を招きかねないことが示されました。
一般に高齢者は加齢によって肝機能や腎機能が低下しています。特に多くの糖尿病治療薬は腎排泄のため、体内に蓄積されやすく、薬剤が効き過ぎて低血糖を起こしやすくなります。また、歯が悪くなるため柔らかいものばかり好むなど食事の栄養バランスも悪くなりがちで、そのために上昇した血糖値を薬剤で抑えようとすると低血糖を招く危険性が高まります。ですので、高齢の患者さんの場合には、まずはきちんと口から食べられているか、腎機能はどの程度保たれているのか、栄養状態はどうか(痩せすぎていないか)、サルコペニアやフレイルになっていないか、これらに注意するとともに血糖値のリスクを高めないことが重要です。一日の血糖変動幅が大きかったり、血糖値を何度も繰り返すと認知症のリスクも高まりますし、ふらつきで転倒し骨折する危険性もあります。特に高齢者の場合、低血糖を常に念頭に置いておく必要があり、低血糖が起こりにくい薬の処方が主流となっています。
これからも変わらず患者さんとともに糖尿病に向き合っていきたい
今後の展望について
糖尿病は動脈硬化性病変の最も大きなウエイトを占める生活習慣病です。若い肥満の糖尿病患者さんには正しい病識を持っていただき、将来を見据えて「見えない血管を守る」ために、今、何をすべきかを理解していただいたうえで、治療に取り組んでいただけるように患者さんの心に響くアドバイスを心がけて生きたいと思います。一方で、団塊の世代が高齢者となり、今後は認知症を含めた高齢者糖尿病の対応がより一層重要になることが見込まれます。この2つの柱を糖尿病診療の主軸として、今後も変わることなく患者さん方と一緒に糖尿病に向き合っていきたいと思います。